遠藤周作「海と毒薬」

海と毒薬 (角川文庫)
九州大学において行われた外人捕虜の生体解剖事件(相川事件)がモチーフとなったといわれる「海と毒薬」。春うららかなある日、爽やかな朝に通学電車の中で読んだらだんだんテンションがディープな方向に。ずーん。戦時中の話ということやその重めな内容はちょっと「赤い月」とオーバーラップした。でも案外こういう話好きです。
読み応えのある内容の本は結構好きやねんけど、それより何よりまず構成が好き。一人の視点で語られず、様々な切り口から“事件”にアプローチしていく感じで。研究生の戸田や勝呂も巧い具合に対照的で。戸田の内省は「人間失格」の葉蔵のそれに近いものがあるように感じた。

ぼくは大人たちを無意識のうちにダマしにかかった。

これは誰でもあるような感覚なんだろうけど。様々な切り口からアプローチする構成を採用していると、同じ内容でも人によって印象に残る箇所が異なり画一的にならないので非常に好感度大。ブックカバーには

単なる恥の意識ではなく、日本人の罪責意識を根源的に問おうとした。

とあるけれど。「派閥のしがらみ」とか「戦争」とか「欲」とか、ちらちら頭に浮かんだけどやっぱり強烈に印象に残ったのは良心、か。

「医者かて聖人やないぜ。出世もしたい。教授にもなりたいんや。新しい方法を実験するのに猿や犬ばかり使っておられんよ。そういう世界をお前、もう少しハッキリ眺めてみいや。」

「執着はすべて迷いやからな」

「あの捕虜を殺したことか。だが、あの捕虜のおかげで何千人の結核患者の治療法がわかるとすれば、あれは殺したんやないぜ。生かしたんや。人間の良心なんて、考えよう一つで、どうにも変るもんやわ」

「罰って世間の罰か。世間の罰だけじゃ、なにも変わらんぜ」